関西・浪曲・大衆演芸

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三味線は日本の弦鳴楽器の一つで

by admin on 2月 2nd in 関西・浪曲・大衆演芸

中国の三絃に由来する楽器で、16世紀後半に琉球を経由して泉州の堺に伝えられたとされる。
伝来後は急速に普及し、改良を施されながら、日本の近世音楽を代表する楽器となって現在に至っている。
「しゃみせん」という呼称は、中国の「三絃」の発音が日本に入って転訛したものと考えられる。
また三絃をそのまま音読みして「さんげん」とよぶことも一般化している。

浪花節は浪曲ともいう

by admin on 12月 24th in 関西・浪曲・大衆演芸

曲師の弾く三味線を伴奏として節をつけてうたう部分と、「啖呵」とよばれる語りや対話の部分を、1人で口演する唄入りの物語り芸。
江戸末期に関西方面で大道芸として体をなし始め、明治期に寄席芸となって大いに発展・普及し、講談、落語と並ぶ大衆演芸として庶民に広く愛好された。
ほかの日本の音曲と同様、遠祖をたどれば、仏教とともに渡来した梵唄から派生した声明、和讃に源を発し、これに神道系の山伏祭文から芸能化した歌祭文の要素が加わり、さらに説経節などが基調となって弔歌連という芸能が生まれた。
この弔歌連やでろれん祭文を統合して、節の合間に語りの部分を導入し、人気を博したのが、化政期の浪花伊助という芸人と伝えられる。
さらにこの改良弔歌連に義太夫や琵琶の長所を取り入れ、三味線を伴奏とした新しい芸能を創案したのが京山恭安斎である。
これは関西方面で大いに歓迎され、浮連節として幕末期に盛んに興行された。
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